うたかたの日々

育児中のパパ目線から、日々買わされるボーイズトイや教材などのレビューを書いていきます。

と或る家庭内におけるケーキの切り分け方、その一例として

このブログは、育児中のパパ目線から、日々買わされるボーイズトイや、教材などのレビューを書いていくために継続しています。
なので、ごく個人的なHPや関係先などのリンクは、これまでに紹介してきませんでした。
そして、これからも。

ところで、ホールケーキの切り分け方について、お考えになられたことはあるでしょうか。
或いは、ピザでも、何でも構いません。
独身だった頃は、意識的に、あえて気には留めないようにしていたのですが。
思い返せば、妻と一緒に暮らし始めた頃から、つい最近に至るまで、不意に話題として持ち上がることがあるのです。
その理由は。

妻に言わせると「パパが見ているから、切れない」と言います。
そこで「見てないよ」と言ってみたところで「でも何かを考えているでしょう?」と指摘されてしまいます。
別に考えていないし、特に考えないように決めているのですが。
いつも、終いには「プレッシャーを感じる」などと言われてしまいます。
そして近頃では、子に対しても、同様のことを言い出すようになってしまいました。
どうやら子も、この問題については、何かしら思うところがあるような様子です。
それは、高難度のパズルとして。

仕方が無いので、とうとう家族会議が開かれることになりました。
議題、および内容は、もちろん小見出しのとおり。
言い換えるならば、単純化した資源(領域)を、任意の人数に対し公平に、或いは全員が納得できる結果として、分配(分割)するための方法。
もしも、これから合理的かつ平和的に解決できる方法が生み出せたならば、世界中で生じる利害の競合が、相応に減るのかもしれません。
さて、はたして。

 

まず前提として、測度論にまでは踏み入れません。
そもそも数学としての解法から最適解を求めるようとするならば、色々な意味において、結局はケーキが食べられなくなってしまうからです;
なので考え方としては、いわゆる思考実験になります。

まずは出発点として。
パパが1人でケーキを食べるのであれば、任意の形に切り分けさえすれば、もちろん満足です。
分配(分割)の必要がないから、何ら問題は生じません。

次に、パパとママの2人で、分け合う場合。
とりあえず任意の直径を決め、つまりは半分に切り分ければ良いのでしょうか。
もしも現実に、きっちりと半分に切り分け、同じ質量のケーキが2個になった場合でも、ママが文句を言い出すかもしれません。
「こっちよりも、そっちの方が大きく見える」などと。
そこで仮に、両者の質量が変わらない結果を、実際に確認できたとしても。
同時に、どちらが先に、どちらを選べるのか、と言う新たな問題が派生します。
つまりはケーキが等しく公平であるかどうか、よりも、むしろ満足できるかどうか、の方が、人にとっては重要のようです。
更に、そのケーキにデコレーションがあれば、質量が等しくても、内容は明らかに異なってしまいます。
「果物の種類や大きさが違う」と。
ここで嗜好が同じであれば、対立してしまいますが。
幸い、パパは果物が苦手であり、ママは果物が大好きなので、争いは生じません。
但し、価値観が一致してしまう場合には、例え公平な結果が分配されたとしても、双方にとって納得はできません。
このことから。
現実に、よくある「価値観の違い」は、実は人間関係としては好ましく、納得しやすい違いであり、逆に「価値観が同じ」であれば即時、共感は得やすいものの、残念ながら同じく、納得が得られにくい関係であると考えられます。
なぜならば、この場合の等分保証では、少なくとも自分の価値基準に基づいた半分以上が得られなければ、とても成立しないからです。
そして、数学的かつ合理的な解決が難しいとすれば。
「パパが切るから、ママが選びたまえ」と言う妥協案が現実的である、と同時に、紳士的でもあり、と或る家庭内においては、よくある解決方法になります。

これで、ようやくめでたし、と思いきや、まだ子がいました。
今度は、3人でケーキを分け合う場合。
この場合の等分保証では、少なくとも自分の価値基準に基づいた1/3以上が得られたと、3人がそれぞれに思えなければ成立しません。
いよいよ面倒なので、前述の妥協案を拡張すれば「パパが切るから、子が選んで、ママがお皿に移してあげて」とすれば、パパとしては責任を負った上で、しかも子が喜び、ママとしても文句はないのでしょう。

或いは、いっそ一般化して。
n人でケーキを(n-1)回数、切り分けることで、n個とする場合。
(切り分けた後に、削ったり足したりも出来ますが、味はともかくとして、美観を損なってしまいます)
この場合の等分保証では、少なくとも自分の価値基準に基づいた1/n以上が得られたと、n人がそれぞれに思えなければ成立しません。
さて、何から手をつけたら良いものでしょうか。



まとめとして、終わりに。
想定していたよりも、遥かに長(駄)文になってしまいました;
話のオチとしては。
その後、と或る家庭において、ケーキを購入する際は、あらかじめホールケーキを除外し、各々が好みのケーキを選ぶようになりましたとさ。